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知的財産翻訳検定試験1級合格にあたって
              広江アソシエイツ特許事務所
                      安達 友和


 知的財産翻訳検定1級合格にあたって、『知的財産翻訳ジャーナル』への寄稿の機会を頂きましたことに感謝の意を表させていただきます。

 とあるご縁で特許業界に足を踏み入れて早5年になりますが、自分の能力の確認と、スキル向上のモチベーションUPのために本試験を受験いたしました。現在は、岐阜の特許業務法人広江アソシエイツ特許事務所で英語⇔日本語の翻訳者として勤務しております。

 今回私が受けた「知財法務実務」一級は私を入れて4人の方が合格されていますが、私以外は全員弁理士・弁護士の方で恐縮してしまいます。確かに本試験内容は、英語の知識はもとより、法律的な知識が要求され、単なる翻訳者ではその内容を理解するだけでもかなり困難なものだったかと思います。私は日常業務にて明細書翻訳に加え幅広く中間対応にも携らせて頂いており、なんとかこなすことができました。

 翻訳者の実力を示すものとしては、国家資格はもとより、現在特に名が知れ渡った資格がなく、一般的な英検やTOEIC等ではその実力を測るには限界があるため、本知的財産翻訳検定が翻訳者の一定の基準として今後なお一層周知定着していくことを願ってやみません。

 以下に、私の英語力のバックグランドを記載したいとおもいます。これから特許翻訳者を目指す方にも参考になればと思います。

 今でこそ私は英検1級、TOEIC900↑を所持しており、歯がゆいながらも英語のスペシャリストと呼ばれることもありますが(実際はまだまだです)、こうした私も、学生時代(厳密にいうと中学1年〜高校2年)は英語を苦手としておりました。しかし、高校3年に上がるときに、ふと、海外に出てみたいと思い、当時は非常に率直だったため日々の英語の授業を真面目に取り組むようになりました。当初は部活もしておりましたので、朝5時に起きてその日の予習を完璧にし、夜はその日の授業の復習を完璧にしてから寝ていました。これを3ヶ月ほど続けるうちに、今まで全然分からなかった英語がみるみる分かってきました。それまでは決して全然勉強していなかったという訳ではありませんでしたが、なぜ英語ができないか分からない状態でした。今思うと、2つの理由があったのではないかと思います。

 1.時期的に準備ができていなかった。
 2.単に暗記が足りなかった。

 1の「時期的に準備ができていなかった」というのは、その後、大手英会話学校にて子供・学生(7才〜18才ぐらい)に英語を教えていて特に思ったことです(大人も教えていましたが)。それまで全然できなかった生徒が急にできるようになることがあります。子供は特に個人差が大きく、成人になるにつれてだんだん横並びになっていくように思います。しかしこれは英語に限らず大人になっても起こり得、ある時期にタイミングよく何かを行うとうまくいくことがあるようです。

 2については、やはり何事も近道をするには暗記が有効だと思います。一定の事項を暗記していなければ、理解ができるようにはなりません。分からない、と思っているうちは単にまだ知識の蓄積、つまり暗記している事項が足りないことが多いようです。かく言う私も暗記が大変苦手ですが、これが一番の近道と思えば、覚えようという気力が湧いてきます。かつて英検1級を受験するにあたって、要求される語彙レベル約10,000語を修行僧になった気分で一気に覚えましたが(実際には3,000語ぐらい)、その時見えてきたものは・・・フフフ。

 ちなみに私は19才の時に初めて外国に行くまでは、学校教育の中で英語を学習したのみです。初めての海外生活ではやはり非常に苦労しました。

翻訳力をつけるために
 まず、毎日英語を読むこと、日本語も見ること。これを繰り返していると翻訳力がついてきます。一番大切なことは、毎日続けることではないでしょうか?量は二の次だと感じます。一番困難なことは毎日続けることですから(その困難なことを楽にする方法は、それを仕事にしてしまうことですが。その点、現在の私は恵まれていると思います)。
 さらに、特許翻訳は技術的な知識も必須です。私は文系だったため、この理系的な知識が乏しく日々これを補うために知識の吸収に努めています。現在は特許事務所に勤めており、分からないことはスタッフに聞けるため、これもまた恵まれたポジションにいます。

翻訳の進め方

 翻訳に関しては翻訳者の方々は様々な方法で行っているかと思いますが、下記は私が行っている方法です。なお、この方法はほとんどの翻訳者の方が行われていることかと思いますのであまり参考にならないかも知れません。

 1.IPDL等で先行技術文献で似たものを探し、それを参考にします。
 2.図面等を参考にし、概略を理解します。
 3.翻訳を開始します。頭から訳すのではなく、理解しやすい実施例から訳すことが多いです。

 具体的には、翻訳ソフトを利用して対訳形式で進めていきます。目の移動が少なく、作業中の箇所が一目で分かるので大変効率的です。ちなみに翻訳ソフトのメインの機能である翻訳機能は専門用語の確認以外には使っていません。専門用語に関してはこの翻訳ソフトで変換される訳語も参考にしますが、やはり用語の意味を知る上では説明が付いた辞書が必須であり、私は、「jamming」といういわゆる「串刺し検索ソフト」を使用して辞書を引いています。jammingには以下の辞書を入れています。ランダムハウス英語辞典(小学館)、リーダーズ英和辞典(研究社)、ジーニアス英和大辞典(大修館書店)、ビジネス技術実用英語大辞典(日外アソシエーツ)、英和活用大辞典(研究社)、Cobuild English Dictionary、マグローヒル科学技術用語大辞典、広辞苑、理化学辞典、そして英辞郎、和英辞郎。このjammingのすごいところは、串刺し検索機能により、複数の辞書を同時に引けるところです。更に、ユーザ辞書を使用することができ、私は特許専門用語集を作成し、jammingに入れて使用しています。

 そして、分からないときはやはり、googleです。時間の許す限り徹底的に調べます。今回は時間がかかっても、知識は蓄積されていくため、次に活かせるからです。

 翻訳文の最後の確認はやはりプリントアウトして紙媒体で行います。これにより画面上では見落としがちな間違いも見つけることができます。紙がもったいないと考えるときもありますが、これで致命的なエラーが防げると思えば、安い代償ではないでしょうか。

 上記のように、私は紙媒体の辞書をほとんど引きませんが、それでも毎日のように参照する辞書があります。それは、光明誠一氏著の「テクニカルライター英和辞典」(三省堂)です。この辞書は特許明細書における用語をベースとしており、非常に参考になります。私はこの辞書があまりにも気に入り、勉強の意味もあって自分でワードに打ち込みテキスト化を試みましたが、まだしばらく完成しそうにありません。

 さて、翻訳中、英語で恐らく一番頭を悩ませられるのが造語だと思えるような複数の単語からなる名詞です。訳を当てることが難しいことが多く、そのまま日本語に置き換えてしまうと、「技術用語として一般的ではない」と36条違反で拒絶されてしまうことが多くあります。英語の明細書を書く方には少なくとも専門用語辞典等に記載されている用語を優先して使用していただきたいと思います。

 一方、日本語で一番頭を悩ませられるのが数の概念と構文そのものです。元来、日本語は単数・複数を使い分けず、むしろいちいちそれを記載することで非常に冗長かつ読みにくい文になってしまうため、日本語としてはこれでいいのですが、英語に訳するときにはいちいち思慮する必要があります。あと、英語は主語、動詞、目的語が厳格に守られていますが、日本語は必ずしも当てはまりません。これも日本語の性質上、特に問題のあるものではなく、いざ訳すときに頭をなやませるものです。

特許翻訳の魅力
 私は実際には他の分野の翻訳はほとんど行ったことがないため明言はできないのですが、明細書翻訳はいわゆる産業翻訳において最も面白いもののうちの一つだと思います。一つ一つの明細書にストーリー性があり、常に最先端技術に触れられるからです。更に、自分が訳したものが今後最長20年に亘って権利書としての役目を果たすことを考えると非常に緊張感があります(ご存知のとおり、現在の法律の下では技術的範囲は原文ではなく翻訳文に基づきますので)。

 特許の世界では基本的に原語と訳語には同一性が求められますが、言語上、日本語と英語は一対一で置き換えられるものではなく、文の構造を全く変えないと意味が通じないことがしばしばです。そこに、翻訳者のクリエイティブなところが求められ、面白さを感じます。更に英語と日本語は発想が異なり、英語ネイティブが書く英語を見るたびに同じ人間でもその思考回路の違いに感心してしまいます。英語ネイティブではない自分がそこに立てることができないことは分かっていますが、日々、ネイティブのような英語が書けたらなと精進してしまいます。

 私が最近気になるのは、翻訳料の値下げ競争です。これは、以前にも恩田博宣先生が本誌で懸念されていたように特許事務料金の値下げ競争が熾烈になっており、これに端を発するとも考えられます。この翻訳料の値下げは、マニュアル翻訳のように機械翻訳の技術の向上で短時間で大量の翻訳をこなせるように至った結果、単価が安くなるという性質のものではありません。明細書等に記載されている事項は常に新規なものであり、現在の機械翻訳では未だ歯が立たず、訓練された翻訳者が常に手作業で行うことになるからです。技術が進歩しても、それに付随して翻訳者の能力そのものが向上し、飛躍的に処理スピードが上がるわけではありません。よって、値下げ競争により翻訳者の収入は下がり、質の悪い翻訳文が生み出されていくのではないでしょうか。このことは、値下げを要求する側も、要求される側にもぜひ検討して頂きたいと思います。

 私は、翻訳が機械翻訳で間に合う時代、もしくは特許庁が翻訳文を要求せず外国語の原文をそのまま採用する時代は、まだまだ先だと思っておりますので、しばらくはこの道を精進していきたいと思っております。

 最後に、この場をお借りして、日々ご指導下さいます先生方、弊所スタッフならびに日々私を支えてくれる家族にお礼と感謝の意を表させて頂きたいと思います。知的財産翻訳検定試験1級に合格できたことは自分ひとりの力では為し得なかったことです。この機会をまた新たなスタート地点とし、次へのステップに繋げたいと思います。



 本稿は『知的財産翻訳ジャーナル(2010年2月号)』に掲載されたものと同一です。

2010/3/5更新
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